

小さなことと大きなこと【2026.04】
先日、様々な団体や企業などが地球環境をテーマに出展している「アースデイ東京」に行ってきた。 環境問題について活動している団体も多かったが、一言で環境問題といっても分野や立場、視点などによって様々な意見がある。 僕の環境問題への向き合い方は、「ミクロの行動」と「マクロの思想」だ。 「ミクロの行動」は、身近なことをコツコツと。 エアコンの温度を1℃調整する、水筒を待ち歩く。少しの努力をみんなが行うことで変化する。 一方の「マクロの思想」は、深く根本的な部分だ。 人はどう生きるべきか。幸福とは何か。生命とは何なのか。社会全体のこれから向かう先を考え直す。 どちらも重要な、小さなことと大きなこと。 今の文明の中で生きる誰もが地球を破壊する羽車の恩恵を受けている。 特定の意見や誰かを批判するのでなく、自分の手の届く範囲のことに集中し行い自分の生き方を考えることによって、地球がより良い方向に向かうと信じている。 アースデイ東京で展示された作品(グリーンピースジャパン様ブースにて)


朝の散歩【2026.03】
新拠点に移転してから、日課として朝の散歩をしている。 縄張りを調べる動物のように、自分の住む地域を巡り(徘徊し)、スポットやその位置関係を調べているとおもしろい。 何より新しい土地の動植物や環境を知ることは、創作の刺激になっている。 山と海が近いこの地域では、日によって散歩する場所を選ぶ。 僕はこれまで海に縁遠かったので、海に魅せられることも多い。 特に朝に照らされた海は息を呑む景色だ。海面のゆらめきの綺麗さはもちろん、波によって流れる砂一粒一粒がキラキラと輝いていて、まるでキャンバスの上に垂らされた金泥のようだった。 何度も何度も浜に打ち寄せる波とその度に輝く光の粒を見て、これが人や生命が生まれるずっと昔から繰り返されてきた美しさだと思うと、なんだか感慨深い。 これからも様々な海・山の様々の魅力に触れたい。 朝日に照らされる海岸


対立が産む調和【2026.02】
自然と人の障壁と対立の無い世界を目指したいという思いから掲げている「調和」というテーマ。そのために、他方を批判するのではなく一方を肯定的な視点で伝えることを意識している。 ところが先日、目にした光景。 街中で過激な街宣をする方と、その周りにはそれと同じくらい強い言葉で反対し声を荒げる人々の姿があった。 これは対立が起きているように見えて、ある意味双方の力が拮抗し調和している空間ではないか。 強い批判に対しては同じく強い批判が起こる。山火事が起きれば雨が降る。光があるところには影が生まれる。自然の大きな流れの中では、あらゆるものは勝手にバランスを産む構造になっているのだ。 ならばぼくの活動はわざわざ行う必要がないのか。もしくはこれさえも、対立による調和が増えすぎたことによってもう一方の方法を産みだしている、自然の流れの一つなのだろうか。


手を合わせると【2026.01】
新年が明けた。 今年は数年ぶりに実家には帰省せず年末年始を過ごしたので、あまり実感のない年越しとなったが、お餅を食べたり初詣をしたり、それなりに正月らしいことはできたと思う。 初詣に限らず、昔から神社や仏前などでの合掌はいろんな声が聞こえてくる。 これは心霊的な意味じゃなく、背筋を伸ばして手をあわせて目を瞑り、何を伝えようかと考えると、自分の心の中の声が湧き出てくるのだ。あまり周りの人に話したことはないが、みなさんはどうだろうか? ぼくは普段自分が聞き逃していた心の奥底の無数の声に向き合い、たまに自分でも「そうだったのか」という想いに気づくことができるいい時間になっている。 長い時は何十分と時間が経ってしまう。自分に向き合いたい時は、お正月などではなく人の少ない時期が最適だ。 初詣に訪れた神社の御神木


1年を振り返って【2025.12】
2025年はどんな年だったか。